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東京地方裁判所 平成5年(ワ)5561号 判決 1996年3月27日

甲事件原告

石川当江

乙事件原告

石川和雄

ほか一名

甲事件・乙事件被告

港南興業株式会社

ほか二名

主文

一  甲事件・乙事件被告港南興業株式会社及び同峰谷浩司は、連帯して、甲事件原告に対して五六四二万二〇六六円、乙事件原告らに対してそれぞれ四六万五〇〇〇円及び右各金員に対する平成二年一〇月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  甲事件・乙事件被告同和火災海上保険株式会社は、前項の判決が確定したときは、甲事件原告に対して五六四二万二〇六六円、乙事件原告らに対してそれぞれ四六万五〇〇〇円及び右各金員に対する平成二年一〇月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  甲事件原告及び乙事件原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを九分し、その五を甲事件・乙事件被告らの、その余を甲事件原告及び乙事件原告らの負担とする。

五  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  甲事件・乙事件被告港南興業株式会社及び同峰谷浩司は、連帯して、甲事件原告に対して一億一四六〇万五〇九三円、乙事件原告らに対してそれぞれ四四〇万円及び右各金員に対する平成二年一〇月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  甲事件・乙事件被告同和火災海上保険株式会社は、前項の甲事件・乙事件被告のうち、いずれか一方に対する判決が確定したときは、甲事件原告に対して一億一四六〇万五〇九三円、乙事件原告らに対してそれぞれ四四〇万円及び右各金員に対する平成二年一〇月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実等

1  事故の発生及び結果

(一) 日時 平成二年一〇月一六日午後九時一五分ころ

(二) 場所 東京都八王子市石川町五〇七番地先交差点(以下「本件交差点」という。)に設置された横断歩道(以下「本件横断歩道」という。)上

(三) 加害車 甲事件・乙事件被告港南興業株式会社(以下、単に「被告港南」という。)が保有し、被告港南の従業員である甲事件・乙事件被告峰谷浩司(以下、単に「被告峰谷」という。)が業務として運転していた大型貨物自動車

(四) 被害車 甲事件原告(昭和四三年六月二六日生。以下「原告当江」という。)の運転していた足踏式自転車

(五) 事故態様 原告当江が、本件交差点を直進して通過するために、青色の対面信号に従つて本件横断歩道上を進行していたところ、被害車と同方向に走行して本件交差点を左折進行するために、本件横断歩道を横切ろうとした加害車と衝突した(以下「本件事故」という。)。

(六) 事故の結果 原告当江は、本件事故により、開放性骨盤骨折、右大腿骨複雑骨折、右大腿部高度挫滅、左下腿挫創及び広範囲皮膚剥脱の重篤な障害を受け、出血性シヨツク状態に陥つたが、開腹術、右大腿部切断術、断端形成術、遊離植皮術、左下腿デブリドマン植皮術手術をうけて一命はとりとめたものの、自賠責保険における後遺障害認定手続において、右下肢切断(四級五号)、骨盤骨変形(一二級五号)で併合三級の認定を受けた後遺症が残存するに至つた。

2  原告当江の入通院状況

原告当江は、平成二年一〇月一六日から同年一二月一〇日まで及び平成三年六月一日から同月三〇日まで日本医科大学付属永山病院に(五六日間と三〇日間の計八六日間。甲五、六)、平成二年一二月一〇日から平成三年二月五日まで及び二月二六日から四月二〇日まで虎の門病院分院に(五八日間と五四日間の計一一二日間)、平成三年七月二四日から同年八月一〇日まで東京身体障害者福祉センター付属診療所に(一八日間。甲七)、それぞれ入院し(入院期間は合計二一五日間)、平成三年五月二九日から同年一一月三〇日までの間に前記永山病院及び前記診療所に正確な通院実日数は明確ではないが少なくとも四日間通院したことが認められる(甲五、七、八)。

なお、原告当江の症状固定日は治癒年月日が平成三年五月三一日であるとの記載があり(甲九)、後遺障害診断書記載に係る診断が平成二年一〇月三一日になされていることからすると、平成三年五月三一日と認められる。

3  原告らの身分関係

乙事件原告石川和雄(以下「原告和雄」という。)及び同石川アキ(以下「原告アキ」という。)は、原告当江の両親である。

4  甲事件・乙事件被告同和火災海上保険株式会社と被告港南との関係

甲事件・乙事件被告同和火災海上保険株式会社(以下、単に「被告同和」という。)は、被告港南との間で、加害車を被保険車両とする自賠責保険契約及び自動車保険契約を締結しており、被告港南又はその許諾被保険者である被告峰谷のいずれかが損害賠償責任を負担する場合は、被告同和は、同額の損害填補義務を負う。

5  原告当江の損害に対する既払金又は労災給付金

(一) 甲事件・乙事件被告らは、原告当江に対し、一四三九万二八〇四円を支払つた。

(二) 前記被告らは、前項の既払金以外に、治療費・文書料等三六万三〇五一円(乙七、九、一〇の1ないし4、弁論の全趣旨)、鉄道弘済会東京身体障害者福祉センター付属診療所に対する支払金(松葉杖等)一八万一一五〇円(乙一三)、竹内義肢製作所に対する支払金四九万六五〇〇円(乙一二、一三)、合計一〇四万〇七〇一円を負担しているが、前記各金額は、いずれも本件事故と相当因果関係のある原告当江の損害に対して填補されたものと認めることができる。

(三) 原告当江は、労働者災害補償保険法による障害年金給付金として、基礎日額五五九四円の二四五日分、年額二〇四万一八一〇円を受給しており、口頭弁論終結時の前月である平成七年一二月までの分として、平成七年八月までの分一八七万八九七五円、同年九月から一二月までの分四五万六八四三円の合計二三三万五八一八円を既に受領しているか又は受領することが確定している(調査嘱託の結果)。

二  争点

1  原告当江の過失責任(過失相殺)

(一) 被告らの主張

本件事故は、加害車が左折指示灯を点滅させて左折を開始して左折進行している際に、左後方から被害車に乗つて進行してきた原告が、左折しようとする加害車を認識していながら、本件横断歩道を直進し、加害車の左前輪付近の衝突したものであつて、原告当江には事故回避措置をとらなかつた過失があるから、相当程度の過失相殺を求める。

(二) 原告当江の主張

被告峰谷は、本件横断歩道に差し掛かる前に、停止して前方のみならず左方に対する安全確認を怠つたことが本件事故の原因であり、原告当江には過失がない。

2  原告らの損害額の算定

(一) 原告らの主張

(1) 治療費(未払分) 六三万一三九六円

(2) 付添看護料 一二九万円

原告当江の母、原告アキが入院期間二一五日間付添看護した。一日当たり六〇〇〇円として、前記金額が付添看護料として相当である。

(3) 交通費 三〇万三七六〇円

原告アキが入院付添のために支出した交通費である。

(4) 入院雑費 二七万九五〇〇円

入院期間二一五日につき、一日あたり一三〇〇円として計算した。

(5) 自転車代等 四八万一〇〇〇円

本件事故時に乗車していた自転車等の物品の損傷を原因とする。

(6) 装具、義足、松葉杖代 二九六万八一九〇円

義足等は一台五五万〇五〇〇円であり、機能的にみて少なくとも四年に一度は製作し直す必要があるところ、原告当江の平均余命が六〇年であることに鑑みると、四年ごとのライプニツツ係数をもつて計算すると、前記金額が必要である。

(7) 車両代金 二一四万八九六八円

外出するために必要な交通手段である車両の購入を余儀無くされた。

なお、これが認められない場合には、同金額相当を休業損害として請求する。

(8) 家屋改造費用 一一一九万二八〇四円

重篤な後遺障害を有しながら生活するために必要な家屋改造が必要であり、このため、原告当江の自宅が新築された。その費用は、新築工事建築費三二一四万〇五〇〇円、追加工事二八万三二五〇円、水道工事一四〇万円、ガス工事二三万七二〇〇円、ガスレンジ代三万〇九三二円、ガスフアンヒーター代一一万五八七七円、照明器具・換気扇代金四三万七四四一円、流し台・洗面台等代金一二六万六五二二円の小計三五九一万一七二二円(<1>)に、一階部分のエアコン代金六四万四〇〇〇円、カーテン・ブラインド代金三七万九八〇〇円の小計一〇二万三八〇〇円(<2>)を加えた総計三六九三万五五二二円であるところ、新築建物の延床面積が一七九・一三平方メートル、原告当江の居住する一階部分の面積が一一五・三七平方メートルであるから、前記<1>の延床面積中の前記一階部分の占める割合(約六四・四パーセント)を乗じ(二三一二万九二一〇円)、これに<2>を加算した二四一五万三〇一〇円が原告当江の使用に供される新築費用部分である。もつとも、被告同和担当者の牛山与志彦(以下「牛山」という。)が支払うと約束した一一一九万二八〇四円の限度で請求することとする。

(9) 傷害慰謝料 四〇〇万円

原告当江の傷害の程度、治療状況等を勘案すると、前記金額が相当である。

(10) 逸失利益 七六七六万三七五〇円

本件事故による受傷の結果、原告当江には、前記争いのない後遺障害が残存したため、一〇〇パーセントの労働能力を喪失するに至つた。

また、原告当江は、本件事故当時、オリンパス光学株式会社(以下「訴外会社」という。)に勤務して年間二九一万五九〇〇円の収入を得ていたが、通勤に困難な状況にあつたために同社を退職するの止むなきに至つた。したがつて、原告当江の逸失利益を算定するに当たつては、訴外会社の女性平均給与である月収二五万円、賞与五・五月分である四三七万〇五〇〇円とすべきであり、労働可能年齢である六七歳までの四三年間、右収入を得られたとすると、以下のとおりとなる。

四三七万五〇〇〇円×一七・五四六=七六七六万三七五〇円

被告らは、労働能力喪失率を七〇パーセントと主張するが、原告当江には、健常人と同様な就労の機会が全くないのだから、右主張は失当である。

(11) 後遺障害慰謝料 二〇〇〇万円

原告当江の精神的苦痛を慰謝するためには、右金額が相当である。なお、当初一割としていた過失相殺割合を本訴で二割と主張するに至つた被告らの不誠実さは加算事情として斟酌されるべきである。

(12) 弁護士費用 一〇八一万円

本件での相当な弁護士費用は前記金額である。

(13) 原告和雄及び同アキの固有の慰謝料 各四〇〇万円

前記後遺障害を負うに至つた原告当江の両親の固有の慰謝料である。

(14) 弁護士費用 各四〇万円

(二) 被告らの主張

(1) 治療費未払分(六三万一三九六円)があることは認め、その余は不知ないし否認する。

(2) 入院病院には看護態勢が整つており、別途付添看護は不必要である。

(3) 装具等の費用は、東京都から交付、修理を受けられるのであるから、原告当江には負担はないから、損害はないというべきである。

(4) 家屋改造費用については、原告らと被告らとの間で、三〇〇万円とする合意がある。

(5) 逸失利益に対する被告らの主張は以下のとおりである。

ア 原告当江が事故後元の職場に復帰し平成六年九月末まで勤務を継続していたこと、長時間座りつづけることが苦痛であるとしても相当程度の事務作業がなし得ること、日常生活上単独歩行や自動車の運転も可能であることからすると、労働能力喪失率は七〇パーセントとするのが相当である。

イ 原告当江は、本件事故がなければ将来結婚し、結婚後も事故時の訴外会社で定年まで働きつづけた可能性が全くないとはいえないが、その蓋然性は極めて低いというべきであるから、訴外会社での平均年収ではなく、高卒全年齢平均収入を基礎とすべきである。

ウ また、平均年収の年度は、事故時である平成二年の賃金センサスによるべきである。

第三当裁判所の判断

一  本件事故の態様と原告当江、被告峰谷の過失割合

1  甲一七、二一、乙一の1ないし3、二、原告当江、被告蜂谷本人尋問の結果、弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一) 本件事故現場付近の状況は、別紙交通事故現場図(以下「別紙図面」という。)のとおりであり、本件事故現場は、大和田方面から小宮町方面に通じる都道通称八王子立川線(以下「本件道路」という。)と、本件道路から分岐して左入町方面に通じる市道(以下「本件市道」という。)との交差点(以下「本件交差点」という。)内に設置された、本件市道を横断するための横断歩道(以下「本件横断歩道」という。)上である。

本件道路の小宮町方面に向かう車線(以下「本件車線」という。)は、本件交差点手前が二車線となつており、歩道寄りの第一車線(幅員三・二メートル余は本件市道方面に左折進行する車両専用車線、中央寄りの第二車線(幅員五メートル)は直進車両専用車線である。そして本件車線は、本件交差点に向かつて緩やかな下り坂となつているが、本件交差点から先は緩い上り先の形状となつており、その脇にある歩道も同様の形状になつている。

本件道路の大和田町方面側の両脇には自転車が通行可能な歩道が設置されている(このうち本件車線側の歩道を、以下「本件歩道」という。)。また、本件交差点は信号により交通整理がなされており、本件横断歩道に対面する歩行者用信号も設置されているが、同信号は歩行者専用信号であり、本件横断歩道も自転車専用の横断帯は設置されていない。

(二) 加害車は、事業用大型貨物自動車であり、左折指示灯を点灯させると、前後部に灯火のみならず、加害車の左側面に付けられた複数の黄色の灯火も点灯する仕組みになつている。

また、加害車には、その構造上左右ないし左又は右後方の交通事情を視認することが困難であるため、アンダーミラー、サイドミラー、サイドアンダーミラーが運転席の左右に設置されており、また、運転席左側の視界を直接運転席から視認することができるように助手席ドアには上部の窓のほかに中央下部の透明になつている部分(安全窓)がある。このように、運転席からの視界を良くするためにさまざまな仕組みが加害車に施されているものの、運転者にとつては、左側又は左後方の視界状況は必ずしも十分ではなく死角となる部分が相当程度あり、また、加害車の向く方向によつては、左折に当たつて特に注視する必要のある、加害車の左側又は左後方で同じ方向に進む車両の状況や左側又は左後方の本件歩道上の歩行者や自転車の有無、進行状況等を視認することは容易でない構造である。

(三) 本件事故後の加害車の実況見分によれば、左前輪タイヤにはホイールキヤツプが装着され、同部には払拭痕が認められた。

(四) 被告蜂谷は、本件事故当時、本件道路を小宮町方面に向かつて加害車を運転走行し、本件交差点から本件市道に左折進行して中央高速道に入ろうとしていたものである。加害車が本件道路を走行中、その前には、本件交差点に差しかかるまで丸永運送という会社の一〇トントラツク(以下「訴外車両」という。)が走行しており、本件交差点に設置された信号の赤表示に従つて訴外車両が別紙図面甲地点に停車したのに続き、加害車はそのすぐ後ろの<1>地点に左折合図を出して停車した。そして、対面信号が青色に変わり、訴外車両が発進して左折したので、被告蜂谷はそれに続いて加害車を発進させ、円滑に左折進行するために、本件交差点中央部分方向に一旦右ハンドルを切つて別紙図面<2>の地点に加害車を進め、それから左ハンドルを切つて左折進行しようとした。その際、被告蜂谷は、別紙図面<2>の地点と、左折進入しようとした<3>の手前付近でそれぞれ前記各ミラーや安全窓等で左側方ないし左後方の状況を視認しながら進行したが、<4>の地点に至つたときに、被害車と衝突し、同車に乗つていた原告当江が加害車の左前輪に右足を轢過されるに至つた。被告蜂谷は、衝突まで、被害車の存在は認識していなかつた。加害車と被害車が衝突した態様は、左前輪の払拭痕の存在や原告当江が加害車の左前輪に轢過されたこと、大型貨物車である加害車の左折角度(乙一の3の写真4)からすると、加害車の助手席ドア付近の同車左側面前部に被害車が衝突し、そのまま被害車が倒れて原告当江とともに被害車が加害車の左前輪に轢過されたものと認められる(原告らは、加害車前部左側が被害車の右側面に衝突したと主張するが、そのような態様で衝突したとすると、被害車は、被害車自身の勢いから加害車の前部右側に投げ出されるように倒れたであろうと推認され、そうすると、本件のような、加害車の左前輪に轢過されることはあり得なくなるから、原告らの前記主張は採用できない。)。

(五) 原告当江は、本件事故当時、被害車に乗つて訴外会社から帰宅する途中であり、本件事故現場付近はいつも通いなれた道であつた。被害車には前照灯が設置されており、本件事故当時、前照灯は点灯していた。

原告当江は、本件事故現場に差し掛かる前で、本件車線の本件交差点手前に複数の車両が信号待ちしているのを視認しており、被害車は、加害車の左後方から本件歩道上を走行してきた。原告当江は、被害車の対面する信号が青色に変わり、訴外車両とそれに続く加害車が発進してゆつくり進んでしたのを見ていたが、本件横断歩道を十分進行し得ると判断し、訴外車が左折、通過したすぐ後に本件横断歩道を進んだところ、加害車と衝突するに至つた。

原告当江が対面する信号が青色になつたのを視認した位置は、訴外車が対面進行が青色になつて発進し、被害車よりも先に左折進行し得るという位置関係や原告当江が青信号になつてトラツクの発進進行状況を視認していること(甲二一の一ページ)からすると、別紙図面甲に訴外車、<1>に加害車が停車していた時点における加害車の位置の左側方又は左後方を被害車が走行しているときと認められ、別紙図面▽はその少し手前であるとの原告当江の供述は採用できない。

原告当江は、加害車が本件交差点に入つて左折し始める前まではゆつくりであつたのに、左折する段階で加速した気がする旨供述するが、一旦右ハンドルに切つて加害車の先頭部を本件交差点中央部に寄せ、それから左ハンドルを切つて左折を進行するという被告蜂谷の前記左折方法からすると、加害車の左後方から被害車に乗つて本件横断歩道を進行しようとする原告当江からは、急激に加害車左側前部が旋回しながら自身の方に向かつて走つてくるように見えたと考えられるから、原告当江の視認した状況が前記ののような供述となることは当然ではある。しかし、被告蜂谷が、速度を落とさない程度にアクセル操作をすることはあり得るとしても、原告当江の前記供述をもつて、直ちに、被告蜂谷が左折進行に当たつて特に加速したと認めることはできない。

2  以上の事実を総合すると、被告蜂谷は、加害車に設置された前記各ミラーや窓を通じて直接又は間接に視認するのみでは、加害車の左側方ないし左後方の交通状況を必ずしも十分に確認し得ないのであるから、本件交差点を左折して本件横断歩道を進行するに当たつては、漫然と訴外車に続いて進行するのではなく、同横断歩道に差し掛かる手前で安全を期して一旦停車して左方ないし左側方を視認し、安全を確かめてから再度ゆつくり左方を視認しながら発進、徐行して本件横断歩道を進行すべきであるというべきであるところ、被告蜂谷は、単に、前記各ミラーや窓を通した交通状況が安全であるというだけでそのまま左折進行を続けて本件横断歩道を進行しようとして本件事故に至つたのであるから、本件事故の主たる要因が被告蜂谷の安全確認義務懈怠にあることはいうまでもない。

他方、原告当江は、訴外車及び加害車の左後方から本件交差点に向けて進行してきているから、少なくとも加害車が左折進行しようとしていることは事前に確知していたか又は容易に知り得たと解され、また、本件横断歩道に差し掛かる前に訴外車が左折進行しようとしていたことも知つていたことからすると、原告当江の進行方法は、訴外車、加害車という大型貨物車が続けて左折進行しようとする間隙を縫つて両車両の間の横断を敢行するという、非常に危険性の高いものであつたというべきこと、特に大型車の場合には、左側方又は左後方に対して運転者からは視認しにくく、自動二輪車の運転免許を有していた原告当江はこの程度のことは当然に知識として知つているはずだから、より細心の注意をもつて加害車の動向を注視して横断行為を実行すべきであつたことからすると、本件横断歩道を進行するに当たり、十分に訴外車及び加害車の動きに注視して安全に本件横断歩道上を横断するべく、例えば加害車の通過を待つて後続車の停車を待つて横断を開始する等の措置をとつて万全な方法を容易にとる等の横断方法を容易になし得たにもかかわらず、かかる万全をとらずに本件事故に至つたことについては、原告当江にも相当な落ち度があつたと認めざるを得ない。もつとも、本件横断歩道には自転車用部分がないが、本件歩道が本件交差点の手前と向こうとでいずれも自転車も通行可の道路であつたことからすると、原告当江が被害車に乗つて本件横断歩道上を自転車が走行することはやむを得ないから、これをもつて、原告当江の過失の基礎事情として勘案するのは相当ではない。

そして、本件事故の発生に対する原告当江と被告蜂谷の過失割合は、前記の点を総合的に勘案すると、原告当江一五、被告蜂谷八五とするのが相当であると考えられる。

二  損害額の算定

1  原告当江について

(一) 治療費・文書料(前記認定のとおり) 三六万三〇五一円

(二) 装具等(前記認定のとおり) 六七万七六五〇円

(三) 治療費(争いがない) 六三万一三九六円

(四) 付添看護費用 八万六〇〇〇円

付添看護費用が認められるためには、当該被害者の入院中において、付添看護を必要とする医学的観点からの必要性、相当性を裏付ける具体的事情や付添人が行つたとされる具体的な労働内容等について主張、立証が必要であるところ、本件では、これらの事実について未だ認めるに足りる証拠はない。

しかしながら、原告当江が入院するに伴い親族らが見舞いに訪れ、その度に着替え等を手伝い又は洗濯物を届けたりする等の必要があることは容易に推測し得るのであるから、このような親族(本件では原告アキ)による原告当江に対する配慮は付添看護とはいえなくとも相当な範囲で就労として評価するのが相当であるところ、原告当江の入院期間二一五日間のうち五分の一に相当する四三日間について、一日二〇〇〇円をもつて評価することとする。すると、前記の金額となる。

(五) 交通費 六万〇七五二円

前項のとおり、原告当江の請求額の五分の一の限度で相当と認める(甲一二)。

(六) 入院雑費 二五万八〇〇〇円

入院期間二一五日につき、一日あたり一二〇〇円をもつて相当と認めると、前記金額とする。

(七) 自転車代等 認めない

本件事故によつて、被害車のみならず、原告当江が着用していた衣類や所持品が相当程度損傷したことは窺えるものの、それらの物品の本件事故当時の現在価格を裏付ける客観的証拠がない。なお、右損害については、立証が容易でないことも勘案して、慰謝料の加算事情として斟酌することとする。

(八) 義足代 二四三万六〇七二円

(1) 甲一九、二〇によれば、義足代金が平成五年度価格で五五万〇五〇〇円であること、部品のうち耐用年数が最長のものでも五年と設定されていることが認められ、症状固定時における原告当江の平均余命が約六〇年とすると、一回購入した後に、少なくとも、五年に一回計一二回買い替えることが必要であると考えられるから、将来の義足代は五年ごとのライプニツツ係数をもとに計算すると、以下のとおりとなる。

なお、五年に満たずに摩耗する部品や付属品等があることが窺え、これらについては、前記計算方法とは別途算定することが相当であるとも考えられるが、それを認めるに足りる具体的な証拠はないことから、慰謝料の加算事情として斟酌するのが相当である。

五五万〇五〇〇円×(一+〇・七八三五+〇・六一三九+〇・四八一〇+〇・三七六八+〇・二九五三+〇・二三一三+〇・一八一二+〇・一四二〇+〇・一一一二+〇・〇八七二+〇・〇六八三+〇・〇五三五)=五五万〇五〇〇×四・四二五二=二四三万六〇七二円

(2) 被告らは、東京都から公的給付ないし修理を受けられるから、原告当江には損害がない旨主張する。なるほど、乙六によれば、身体障害者に対しては義足等の給付、修理等を内容とする公的給付制度があることは認められるが、それは、身障者の申請を基礎とし、東京都がその年令や所得、障害内容等を審査した上で給付されるものであり、将来にわたつて原告当江の請求に係る義足が確実に給付されるか否かは未定であること、仮に、確実に給付を受けられるとしても、そもそも、かかる公的給付を利用するか又は加害者から損害賠償を受けて賄うかは被害者の選択に委ねられるべきであり、被告らの前記主張は、被害者である原告当江に公的給付による義足の取得を押しつけることによつて都民の税金によつて支えられる福祉施策に自らの責任の一端を肩代わりさせ、当然に支払うべき賠償金の一部を免れようとする、著しく妥当性を欠く失当なものというべきであり、到底採用するには値しない。

(九) 車両代金 認めない

原告当江が容易かつ広範囲の移動手段として車両を利用すること(特に訴外会社への通勤手段として使用すること)は有益かつ必要であると認められるものの、乗用車が広く一般的な移動手段として利用されている社会状況に鑑みれば、本件で被告らが負担すべき損害として認められる相当な損害額は、購入した車両代金全額ではなく、一般車両には不必要であるものの原告当江が使用するために必要な身障者用の特別な仕様を施す費用相当分、すなわち改造費用相当額であるというべきである。

しかしながら、本件では、かかる改造に要した箇所や改造内容、その価格等に係る具体的な主張、証拠は全くなく、被告らが車両改造費用を自認しているとの証拠も全くないから、結局、車両改造のために要した費用を認定することはできない。

また、原告当江が同額の休業損害を被つたと認めるに足りる証拠もないから、結局、原告当江の主張に係る前記費目の損害は認められない。

(一〇) 家屋改造費用 三〇〇万円

(1) 家屋改造費用が損害として認められるためには、現在の居住施設ないし住居環境では身体に障害を負う被害者が不自由のない日常生活を送ることができず、それゆえ、現在の住居を改造し、被害者の日常の生活環境を整備する必要性、相当性が肯認されなければならず、その具体的事実の主張、立証責任は被害者である原告当江が負担することになる。

(2) 原告当江は、家屋改造のために家屋を新築する必要があり、その新築費用のうち、建物の延べ床面積(一七九・一三平方メートル)中原告当江の住居部分である一階部分の面積(一一五・三七平方メートル)の占める割合分(約六四・四パーセント)に一階部分に設置したエアコン、カーテン等の代金を加算した費用(合計二四一五万三〇一〇円)をもつて相当な家屋改造費用であると主張している。

しかしながら、家屋を新築する必要があつたという具体的事情が全く明らかでない上、損害として認められるべき相当な範囲は、一般の家屋の新築であれば不必要であるものの原告当江の身体障害を補うために特に設置しなければならない施設(例えば、スロープや手すり等)を設置するための費用であるべきところ、原告当江は、そのような設置した施設の具体的内容、費目や価格、設置の具体的必要性等について全く明らかにしていないのであるから、結局、原告当江に必要な家屋改造費用を個別具体的に認めるに足りる証拠はないといわなければならない(原告当江は、家屋改造費用として一一一九万二八〇四円を主張して甲一六を提出するが、現実に新築したとされる家屋の構造等は同書証の記載に係る仕様とは全く無関係なので、家屋改造費用を算定する証拠とはならない。原告アキ本人尋問の結果)。

(3) そして、被告同和の担当者である牛山与志彦が、原告当江の請求に係る一一一九万二八〇四円を家屋改造費用として認めたことを認定するに足りる証拠はない。

(4) したがつて、必要かつ相当な家屋改造費用については、これを認めるに足りる証拠はないものの、被告らが認める三〇〇万円の範囲内で、これを認めるのが相当である。

(一一) 傷害慰謝料 二三〇万円

原告の受傷した部位や程度、入通院期間のほか、前記のとおり物損を認めなかつたことも斟酌して、前記の金額をもつて相当と認める。

(一二) 逸失利益 五四〇八万八七一四円

(1) 基礎収入

原告当江は、訴外会社での給与が将来も上昇したことが予定されているから、同社での女性の平均年収である四三七万五〇〇〇円を基礎に算定すべきである旨主張する。

たしかに、逸失利益を算定するに当たつては、統計資料に過ぎない賃金センサスから得た平均賃金を基礎とすることなく、できる限り、個別具体的な事案に応じた現実かつ適切な賃金をもつて基礎とするのが相当である。しかしながら、逸失利益の算定の基礎収入について、被害者が現実に得ている収入ではなく、それを上回る収入を主張するのであれば、当該被害者は、その収入を将来にわたつて得られる高度の蓋然性のあることをやはり個別具体的に立証しなければならない。

本件においては、訴外会社に所属する社員の給与がその者の資質や能力とは無関係に年齢の上昇に伴つて当然に上昇していくことを認めるに足りる証拠はなく、かえつて、甲六によれば、訴外会社の女子社員の年収は勤続年数が短くても当該年齢の最高の収入を得る者もいれば、その者と同じ年齢でかつ勤続年数がかなり長いのに最低の収入しか得ていない者もいることが認められ、以上の事実を総合すると、原告当江が、在職時の年収である二九一万五九〇〇円よりも高い年収を将来にわたつて継続して得られるという高度の蓋然性を認めるに足りる証拠はなく、原告当江の前記主張は理由がなく採用できない。

もつとも、逸失利益の算定に当たつて原告当江の前記現実の収入を基礎とすると、かえつて、同人の将来における昇給の蓋然性を全く否定したことになるから相当ではないことにかんがみ、症状固定の後であり、後記のとおり、原告当江が訴外会社を退職した平成六年の賃金センサス第一巻第一表の高卒女子の平均年収である三一二万七六〇〇円をもつて基礎とするのが相当である。

被告らは、事故発生時の平成二年の賃金センサスを基礎資料とすべきである旨主張するが、後遺症による逸失利益は、被害者の労働能力喪失状態を基礎付ける具体的事実が確定して初めて算定が可能となるのであるから、その算定のための基準時は当然に症状固定時であると解すべきであり、被告らの前記主張は採用しない(なお、原告当江は、症状固定後もなお従前と同じ待遇で勤務を続けているので、逸失利益の算定基準は同社を退職した平成六年九月末日とするのが相当である。)。

(2) 労働能力喪失率

前記争いのない事実、甲一七、一八、二一、原告当江本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告当江は後遺障害三級の認定を受けたこと、症状固定後もなお訴外会社で勤務し続けていたが平成六年九月末日をもつて同社を退職したこと、同社での勤務を続けていられたのは周囲の職場の同僚らが原告当江に気を遣つてくれる等の配慮があつたことに負うところが大きいこと、しかし、原告当江が同社を退職したのは、勤務先の工場が移転して自宅から遠隔になり、また、更衣室が二階に、トイレが建物の二階の端の一か所に、職場が一階にあるというように移動が困難な原告当江にとつては相当な負担となつたことが主たる要因であることが認められ、以上の事実を総合すれば、たとえ、原告当江が症状固定後もなお継続して就労していたからといつてそれをもつて直ちに同人の将来にわたる継続的な労働能力が一部でも回復していると判断するのは相当ではなく、また、前記後遺症によつて訴外会社の退職を余儀無くされた原告当江が労働の対価を得られる具体的な就労の機会を容易に得られることを被告らが立証し得ない以上、単に、座つて事務作業が可能であるとか、単独歩行や自動車の運転が可能であることのみをもつて労働能力があるということはできないというべきである。

したがつて、原告当江の労働能力喪失率は、同人が前記のとおり後遺障害三級の認定を受けたことにかんがみ、一〇〇パーセントと評価するのが相当である。

(3) 逸失利益の算定の基礎となる労働可能期間は、原告当江が訴外会社を退職した平成六年九月末日時における年齢である二六歳から六七歳までの四一年間として算定するのが相当である。

(4) 以上によれば、原告当江の逸失利益は以下のとおりとなる。

三一二万七六〇〇円×一×一七・二九四=五四〇八万八七一四円

(一三) 後遺障害慰謝料 一七五〇万円

原告当江の年齢や後遺症の程度、車両改造費用を認めるに足りる証拠はないがその必要性は肯認され、何らかの出費は不可欠であること、義足の部品交換等で同代金がさらに嵩む可能性も否定できないこと、その他弁論に顕れた諸事情を総合的に勘案して前記の金額をもつて相当と認める。

(一四) 小計 八一四〇万一六三五円

以上を合計すると、前記金額となる。

(一五) 過失相殺 六九一九万一三八九円

前記認定に係る過失相殺をすると、前記金額となる。

(一六) 既払金の控除等 五一四二万二〇六六円

前記争いのない既払金一四三九万二八〇四円、前記認定に係る既払金一〇四万〇七〇一円、労災保険給付金の合計額二三三万五八一八円の総計一七七六万九三二三円を控除すると、前記金額となる。

(一七) 弁護士費用 五〇〇万円

本件での相当な弁護士費用として前記金額を認める。

(一八) 合計 五六四二万二〇六六円

以上を合計すると、原告当江の請求額は前記金額となる。

2  原告和雄及び同アキについて

(一) 原告和雄及び同アキの固有の慰謝料 各四二万五〇〇〇円

原告当江に対する損害賠償が図られたとしても、原告和雄及び同アキは原告当江と同居し、同人の将来を案じながら生活を共にしていかなければならない親としての悲しみ、苦しみはたいへんな精神的苦痛をもたらすものと考えられ、被害者本人である原告当江とは別途固有の慰謝料を認めるのが相当である。もつとも、前記のとおり、原告当江に対する損害額が認定されていることも勘案して各五〇万円をもつて相当と認め、衡平の観点から、原告当江の過失相殺割合相当分を控除した前記金額をもつて前記慰謝料として認めることとする。

(二) 弁護士費用 各四万円

本件における相当な弁護士費用として、前記金額を認める。

(三) 合計 各四六万五〇〇〇円

以上により、原告和雄及び同アキの請求額はそれぞれ四六万五〇〇〇円となる。

(裁判官 渡邉和義)

交通事故現場図

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